1955RR- 開発者へのインタビュー

クラフトマンシップあふれるシグネイチャー・モデル、1959RR。その開発の裏側に迫ったのがこのインタビューです。
すべてを担当したマーシャルR&Dチームのダニー・トーマス(Danny Thomas)に話を聞きました。

    ダニー・トーマスインタビュー

ヤマハミュージックトレーディング(以下Y):まず、プロフィールとマーシャル社でのキャリアを聞かせてください。

ダニー・トーマス(以下D):はい。1985年の10月から製造の最終仕上げ工程の検査の職に就きました。その後、1987年に空きが出たためテスト・セクションに移りました。最終オーディオ・テスト工程の仕事をしながら製品テストと時折R&Dチームのアシスタントを務めました。そして、2004年にR&Dチームのメンバーに加わり「シグネイチャー・モデル」と「スペシャル・プロダクツ」を担当しています。

Y:今回の1959RRはそもそも誰のアイデアだったのですか?どのようにして今回のプロジェクトが始まったのでしょう?開発にかかわるお話をお聞かせください。

D:2002年のことになりますが、実はザック・ワイルドが「シグネイチャー・モデルを作るにもっともふさわしいギタリストはランディ・ローズだ」というコメントを口にしたのです。そして、2004年にドロレス・ローズさん(ランディのお母さん)に「マーシャル・アンプでシグネイチャー・モデルを作ることができれば光栄です」という旨のお願いを伝える機会に恵まれました。それから2007年の早い時期に最終的なプロジェクトの詳細を詰めることができました。そうして製作の準備が整ったのです。

Y:その時、ランディ・モデルやレミー・モデル以外にシグネイチャーモデルのアイデアはありましたか?

D:いいえ。しかし、我々はマーシャルの伝統や業績を誇りに思っていますし、マーシャルを選んでくれる素晴らしいギタリストが世界中にいてくれます。今後、シグネイチャー・プロジェクトに協力していただける偉大なギタリストを考慮することは大変な名誉だと思っています。

Y:1959RRの開発にあたってのダニーさんのお仕事を具体的に説明していただけますか?

D:我々はランディの白いJMP1959ヘッドが1970年代後半に製造されたものであるということは予め知っていました。そこで、比較対照となる同じような1959を用意しました。最初のリファレンス・アンプにはほぼ同じパーツが使用されているものを用いました。そして、同時代に製造されたアンプの回路をいくつも調べ上げておきました。幸いなことに1959SLPは電源トランスもアウトプット・トランスも1967年から仕様変更していません。一方、1959用のプリント基板は1971年に導入されて以来、基本的にはシグナル・パスはそのままに何回かのマイナー・チェンジを経験しています。しかし、マッチするいくつかのパーツを採用し、取り付けることによっていとも簡単にリファレンス・アンプ、つまり、1970年代終盤の1959Super Leadを再現することができました。最初のプロトタイプは音質的にもメタル・パネルの100W Super Leadと寸分たがわぬ素晴らしいサウンドを出してくれたのです。
次の段階はランディが実際に使っていたアンプを細部にいたるまで詳しく調べることです。ローズさんはご親切にも何の制限もなしに、1982年にランディが不慮の死を遂げて以来倉庫で長い間眠っていた彼の機材を調べることを許してくれました。

Y:製作に際して最も苦労した点はなんでしょう?

D:電気機器の法的認可関係の業務でしょうか。イエ、問題ということではないんですよ。しかし、昔通りに作ったモデルが現在の法規制をクリアするか確認するのに時間がかかったんです。結果的には音に影響するような規制の変更はほとんどありませんでした。まあ、1959RRがそのような規制に触れなかったということをお伝えすることができてうれしい限りです。

ニー・トーマスとランディが所有していた195

Y:そして、実際のランディのマーシャルはいかがでしたか?

D:私たちは白のJMP1959と6台の同じく白い4×12"キャビネットを拝見することができました。それらは昔の状態でフライト・ケースに入れたまま保管されていました。25年間開けることがなかったんですよ!ツアーに使われていたそのままの状態です。

ニー・トーマスとランディが所有していた1959
写真の無断転用転載は固くお断りします
 

”RANDY RHOADS”や”HANDLE WITH CARE”というステンシルが入っていました。ヘッドの裏にはガムテープが貼ったままの状態で、キャビネットの背面の左上には積み上げる際のポジションの印が施されていました。そのサウンドといえば、まさに鈴を鳴らすような音で、ゾッとするくらい生々しく、あたかも当時のまま冷凍されていたかのごとく鳴り響きました。キャビネットは言い伝えの通りランディのギター・テックが取り付けたALTEC LANSING 417-8Hが搭載されていました。”Diary of a Mad Man”ツアーの時にキャビネット汚れを隠すためでしょうか、黒いガムテープがフロントの部分に張り付けられていました。
さて、そのアンプですが、シリアル・ナンバーからトレースするとそれは1980年に製造されたものになり、シャシのラベルによると1月の製造ということがわかりました。組み立て、ワイアリング、そしてテスト工程を担当した者のサインも確認することができました。シャシを開けたところ、すべてのパーツがその時代に使用されていたオリジナルであることがわかりました。しかし、よく観察してみると抵抗がひとつ切り取られ正規とは違う位置に取り付けられていました。そして、基本的にNormalチャンネルからHigh Trebleチャンネルに信号が流れるように、つまり、初段のプリ管の両側を直列(カスケイド)につないでいることが確認できました。パワー管には”Groove Tube”が搭載され、ソケットの一部に交換の跡が見受けられました。
全体的に非常によい状態で保管されており、各部の電気特性をチェックすると予想通り正常に作動していました。

工場にもどって調べた結果を先のリファレンス・アンプに反映させると、まさにレコードで聴かれるランディのサウンドそのものが飛び出してきたのです。そして、1980年に組み立てとテスト工程を担当していたフィル・ウェルズという男にこのアンプのことを尋ねました。彼のサインは実際にランディのアンプで確認できます。彼は現在、修理セクションのマネージャーをしているのですが、確かにそのカスケイドの改造はマーシャルの工場でやったものだと証言してくれました。
さらに、1980年からテスト・マネージャーを務めていた男にコンタクトを取り事実を確認したのです。彼は実際にランディに会ってアンプを少々パワーアップさせるためにどのようなことができるかを話し合ったそうです。

ランディは工場を訪ねた日にお母さんに電話をして、マーシャルが彼に特別アンプをつくるということをわざわざ報告してきたそうです。
このあたりのことは取扱説明書に詳しいところです。

Y:出来上がった1959RRのサウンドを評価したのはどなたですか?

D:R&Dチームです。開発に携わったスタッフの中には実際にランディのプレイを見たことのある者達もいました。ランディの音楽に対する彼らの知識や尊敬はオリジナルの白いJMP 1959を忠実に再現することに大いに役立ちましたよ。

1959RR

Y:評価の際、特に注意を払った箇所はどういったところですか?

D:シグナル・パス、トランス、パワー管、そして例の改造部分です。

Y:どうもありがとうございました。最後に、シグネイチャー・モデルのご担当者として今後手掛けてみたいアーティストはいますか?

D:我々のアンプには最も重要なシグネイチャー(サイン)が入っていますよ、「ジム・マーシャル」という!アーティストの候補については今は特にアイデアがありません。今言えることは、素晴らしいシグネイチャー・モデルを生み出すチームに籍を置いていることを心から誇りに思っているということです。