ジム・マーシャル

― ラウドの父

July 29th, 1923 - April 5th, 2012

DR. JIM MARSHALL OBE

1923 - 2012

ジム・マーシャルの生涯は、非常に興味深く、正真正銘の立身出世の物語です。1923 年7 月29日に英国のロンドンで生まれたジムの幼少時代は、楽なものではありませんでした。「私はまともな教育を受けていない。骨結核で、いつも病院にいたからだ」とジムは打ち明けます。この痛ましい病気を患ったため、彼は学齢期のほとんどをギプスに覆われて過ごしました。

正式な教育を受けずに育ったジムは、13 歳のときに働きはじめました。彼はまた、タップダンスを習い、やがて音楽が彼の人生の中心になりました。「ある楽団のリーダーが私の歌を聴いて、オーディションを受けるよう勧めてくれた」とジムは回想します。彼はオーディションに合格し、14 歳になるころには16 人編成のビッグバンドのリード・ボーカリストとして週に6 日はステージに立つようになりました。

1942 年にはバンドのドラマーが徴兵され、ジムが代わりにドラマーを務めることになりました。ドラム・キットの前に座った彼の天性の才能はたちまち知れわたり、ほどなく彼は演奏者としても教師としても引っ張りだこになりました。ジムは週に65人もの生徒を指導するようになり、その中にはミッチ・ミッチェル(ジミ・ヘンドリックス)やミッキー・ウォーラー(リトル・リチャード、ジェフ・ベック・グループ)など、後に大活躍した有名ドラマーが何人もいました。

1960 年、ジムはドラム・ショップをオープンしました。「ドラマーたちがバンドの仲間を連れてやってきて、そこでギタリストのピート(・タウンゼント)やリッチー(・ブラックモア)と出会ったんだ」とジムは振り返ります。「ギターやアンプも扱ってほしいと彼らが言うから、やってみることにした」。間もなく彼は、店にやってくるギタリストたちが探し求めているサウンドがあることに気づきます。「話を聞くうちに、彼らが欲しがっているものが、はっきりとわかった」とジムは語ります。「そこで少人数のチームを集めて、彼らが追い求めるサウンドを実現するバルブ・アンプを作ることにしたんだ」何度か試作を重ねたのちに、最初のマーシャル・ヘッドが1962 年9 月に製造されました。このアンプはたちまちヒットになりました。ジムはこれを2x12”のキャビネットと合わせてみましたが、サウンドが気に入りませんでした。「それに、すぐにスピーカーが吹き飛ばされてしまうので、話にならなかった」と彼は笑います。「そこで、楽に移動できるように、できるだけ小さなエンクロージャーを作って、そこに12”スピーカーを4 つ収めた」。このようにしてマーシャル4x12”キャビネットが誕生しました。この製品は、今も「業界標準」として認められています。

1965 年にも、マーシャルにとって画期的な出来事が起こりました。「ピート・タウンゼントが、100W のヘッドと8x12”キャビネットを作ってほしいと言ったんだ」とジムは話します。「私は承諾したけれども、そんな大きなキャビネットは扱いづらくて、ローディーたちが文句を言うから、アングルド・タイプの4x12”をストレート・タイプのものに重ねることを勧めた。でもピートは聞く耳を持たなかったから、彼のリクエストどおりのものを作って渡したんだ」

ジムの予想は正しく、タウンゼントは戻ってきて、8x12”キャビネットを「半分に切ってくれ」と言いました。その結果生まれたのが、だれもが知っているマーシャルのシンボル、100W マーシャル・スタックです。

その後のことは周知のとおりです。マーシャルは世界に知られるロック・アンプ・メーカーとなり、今日もその輝かしい地位を維持しています。その間には数々の栄誉にあずかり、1984 年と1992 年には、輸出業績に対する女王陛下の表彰を受けました。ジムはどのようにして50 年にもわたって常に最先端の製品を世に送りだしてきたのでしょうか。「ギタリストの話に耳を傾け、彼らが本当に求めているものを探り出してきた」とジムは語ります。「私の意見では、私たちの仕事の中で最も重要なものは、私たちが作ったアンプを通して演奏する人物だ。ユーザーの意見を聞かなければ、的を外すこともある。すべてがわかっている人間なんて、ひとりもいないからね」

ジムはそのキャリアを通じて、膨大な時間と資金を身体が不自由な子供や恵まれない子供に捧げてきました。「すべてはギプスに覆われて過ごした私自身の悲惨な幼少時代に端を発している」と彼は説明します。「14 歳のときに心に決めたんだ。いつか十分な財産を持つようになったら、支援が必要な若い人たちの面倒をみようと。私は何もないところから初めて成功したから、その恩返しをしているだけだよ」。ジムはその功績を認められ、2002 年には音楽の名誉博士号を、2004 年には大英帝国勲位(OBE)を授与されました。